昨日も夫は帰って来ませんでした。
最初に・・・
<この記事、あたり障りがあったらごめんなさい。
気を悪くされる方がいたら申し訳ないです。
こう思う人もいるんだと 気にしないでくれるとありがたいです。>
下の子の
小学校のママ友で、幼稚園から顔は知っているけれど
今まで同じクラスになったことがあまりなく、挨拶だけ交わす関係の方。
大きいお子さんが2人いて おそらく私よりいくつか年上だと思うけど、
とても感じの良く、バッタリ会って挨拶を交わすと幸せな気分にしてくれる方。
先方さえよかったら もっと仲良くなりたいような方。
昨日、小学校で会い、にっこりと挨拶だけ交わして別れたのですが、
その後
買い物に出たら道でまたバッタリ!
家が離れているので滅多にお会いしないのに、とちょっと嬉しかった。
お互いニコニコと「二度目ですね〜

」なんて。
すると
「下の子さん、お受験なさるのよね〜?」と言うので
「一応その予定ですが 出来が悪いのでどうなることやら・・」と返事。
「これからますます大変な時期でしょ?
私ね、『お浄(きよ)め』って言うのができるので 良かったら・・」と。
なんのことやら
さっぱりわからず ???な顔をしていると説明してくれました。
『お浄め』というのは『手かざし』のことで、
手をかざすだけでなにやら良いことが起こる(?)とか。
「お近くに 医者に行っても良くならない病気をお持ちの方がいたら
ぜひ試してほしいの。」と言い、
体の不具合でも 心の不具合でもよくなるかもしれないそうで。
え

得体の知れない宗教?

感じの言い人で大好きだったのに・・・。そう思いました。
顔に出ちゃったのかもしれません。
「へんな宗教かと思う人が多いけど そうじゃないのよ」と言われました。
そして彼女は、
自分は普通に仏教徒で、それ(宗教)とは別のものだから
もし自分が死んだら家の仏教式の
葬式になる。
キリスト教の方はキリスト教の
お葬式でかまわない。
『お浄め』はお金も痛みも伴わずに 人を幸せにしてあげるもの。
と言いました。さらに、
実は80になる父が癌で、歳も歳だから治療が出来ないって
言われたんだけど 『お浄め』で癌が小さくなった。
癌だから2,3回で治るってものじゃないけど 小さくなった。
自分も お産で骨盤がズレたようで長いこと腰が痛かったが、
どこの
病院でも治らなかったのが『お浄め』で治った。
と言ったのです。
で、「とっても良かったと思って、講習を受けて
自分でも『お浄め』が出来るようになったのよ〜。

」と。
「本当は(良いものだから)みんなに紹介したいけど
ヘンな新興宗教じゃないかって思われるみたいから
話しやすい人にだけ話してこれをお渡ししてるので。」と言って、
自宅の電話番号をメモしたその団体の
新聞(チラシかも?)をくれました。
とっても素敵なあの方が言うことなので 良いものだと思いたい気持ちもあるけど
私はこの手の話が大嫌い。
どうしても胡散臭いと思ってしまいます。
そんなんで病気が治るわけがないって思ってしまいます。
でも、あの人の言うことだし、好意かもしれないし、
(幸い私の周りには病気で悩んでる人はいないけれども)
そんな『手かざし』だけでよくなるのならこんな良いことはないかも、
という思いもあって 新聞をもらって帰って来ました。
それと、
他の方はもっと短い期間で結果を出す(元鞘か
離婚か)のに
私がこんなに長いことこんな思いで暮らしているのは
すがる(信じる)ものがないからなのかもしれないと思うことがあるし、
信じられるものに出会えたら今より幸せになれるのかもしれないとも思ったり。
また、胡散臭いと思い込んで「食わず嫌い」になるのもいけないかもと思ったり。
でも、こういう弱った時には良し悪しの見極めが出来ないかもしれないとも思ったり。
けどね・・・
全身全霊で信じている人には申し訳ないけれど、
私はやっぱり胡散臭い気持ちが拭えないんです。
Eさんの番組もHさんの番組も たまには観るけど 話半分。
他人なのに、たとえ初めて会った人でも、すべてをわかったような口ぶりで、
語ったり 諭したり。(たまには派手にお説教もするし。(-_-;))
ためになる話もあるので 頷いちゃったりもするけど
玉石混交、見てる人が取捨選択すべきことと思って観ています。
あと、少し違うことだけど、
ねずみ講やマルチ商法と見まがうような販売方法の会社も嫌い。
実は私、そんなA社の商品は大好きなんです。昔は会員でした。
人に売ることは全くせず 自家消費分のみお買い上げの会員でしたけど。(^^ゞ
結婚する時に買ったA社のお鍋は今も毎日活用しているし、
会員を辞めたあともつてがあれば 洗剤も買いました。
でもね、
会員の集まりに行ったときの あの、独特の雰囲気がイヤなんです。
あるときは ホーム
パーティで、会員同士で商品を褒めあい、
まだ入会していない友達を洗脳しようとしているかのような会話。
あるときは セミナーで、新商品の紹介や説明を聞いたり、
ねずみ講やマルチにも似た(お金の絡む)会員のつながり方の説明を聞いたりし、
またあるときは ホームパーティの際の(入会勧誘の?)文言の練習(プレゼンって感じのを前で一人ずつやってみるのです!)をしたり。
ホント、胡散臭い宗教みたいな雰囲気がありましたよ

(これは私だけでなく 友人も同じことを言ってました。)
ま、ちょっと妙なことを書いてしまったかもしれませんが、
何にしても 本当に良いものならば 執拗に勧めなくても
周囲にいる人の方から「私にも」となるわけですよね。
いつか「なかなか治らない病気」に悩んだら
彼女に電話をして『お浄め』をお願いするかもしれないけれど、
それまでは私の中では 胡散臭いもの との位置付けかもしれません。
その間に 彼女の方から
「元気?よかったら『お浄め』に来てみない?」なんてお誘いがあれば
私の中では やっぱりヘンな宗教だったんだわ に変わってしまうのかも??
A社の商品にしても、私がある洗剤を気に入って買っていたときに、
「この洗剤もいかが?こんなに優れているのよ

」
と言ってきた方からはもう次回は買いたくないと本気で思ってしまいました。
別の、余計なものを勧めない方から買っていました。
もし、別の種類の(たとえばお風呂用のとか)、良い洗剤を探していたら
こちらから「お風呂用のも試したいんだけど」って言いますもんね。
それをアレコレ言われると こちらもついアレコレ勘ぐりたくなります。
なんだか ハチャメチャな文になってしまいましたね。
素敵だと思っていた方に『お浄め』だなんて言われ、戸惑ってしまいました。
私の中で、今まで通り「拒否」する部分と
あの方が言うんだから良いものなのかもと「認める」部分があり、
とても複雑でした。
胡散臭いと思って すがらなくても生きていける自分を褒め(?)つつ、
もし 弱って 何かにすがりたくなったら 心のよりどころとして
何かにすがればいいんだよと思いながら生きて行くのが
私にはいいのかもしれません。
<気を悪くなさった方 ごめんなさい。>